スポーツクラブでの瞑想

「人の身体には未知の力が秘められている。鍛えれば鍛えるほど、それは無限の力を発揮する」という言葉もありますが、真に強い肉体を得る為には精神もまた鍛える必要があります。古代ローマの「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という言葉も「肉体を鍛えれば精神も鍛えられる」という意味ではなく、本来は「肉体だけではなく精神も健全であることが必要である」という意味でした。その為、肉体を鍛えることが主目的であるスポーツクラブにも精神を鍛える為の瞑想の場が設けられていることが少なくありません。

瞑想は洋の東西を問わず、様々な文化・宗教において修行の一つとして用いられてきました。日本ではあまりなじみがないですが、キリスト教やイスラム教にも宗派によっては独自の瞑想を行うものもあります。逆に日本でポピュラーなのは仏教由来の禅、ヒンドゥー教由来のヨガでしょうか。こうした東洋系の瞑想は1960年代にアメリカ西海岸を中心に流行したニューエイジ思想を通じて欧米に「発見」され、それが日本に逆輸入されてきたものという経緯があります。

このような修行の一環としての瞑想は静かで穏やかな場所に身を置き精神集中を重んじる場合と、自らを厳しい環境に置き苦しめることで雑念を無くし自らの精神を鍛えることを目的とした苦行とがあります。後者の例としてはひたすら座禅を組む只管打坐や滝に打たれる、断食などが例として挙げられますが、そういった苦行は準備が大変ですし、日常生活に支障をきたす可能性が大きいです。